HDとHDFで何が異なるか?

【目的】

 骨関節痛、末梢神経障害や掻痒症など、通常のHDでは改善されない臨床症状がHDFによって改善することが数多く報告されている。また、循環動態がHDよりもHDFで安定する症例が多いことを認める点も非常に興味深い。今回我々はCL-PS15Nを用い、循環動態に着目し、同一症例に対して可能な限り同一条件の基で、HDとconventional HDF(総濾過量10L、サブラッドB使用)を施行し、何が異なるかを比較検討した。

 


【方法】

 4例の対象症例は慢性糸球体腎炎3例、腎硬化症1例で、糖尿病性腎症、及び糖尿病を合併している症例は除外した。また循環動態が不安定な症例は、血液浄化施行中に補液や下肢挙上などの処置を行うことによりデータの比較が出来なくなる可能性があるため、今回の検討では安定した症例を選択した。その4例に対し、開始時間を合致させ、さらに血流量、透析液流量、抗凝固剤を同一としてHDとHDFを施行した。また体重増加量は同等であった。

 各症例に対しHD及びHDF施行時に前後で各小分子量物質、β2-MG、myoglobin、 prolactin、 albuminを測定、さらに1時間毎にカテコラミン、血漿浸透圧、血清Na、超音波エコーによる下大静脈径の測定、CRIT-LINEによる連続的Ht測定を行った。またこれらの違いは微妙であると考えられたので、各データの統計学的処理をあえて行っていない。症例1、4は3時間を過ぎた時に食事を摂取されたため、3時間までのデータを検討の対象とする。

 


【結果】

 次のスライドに4例のHDとHDFにおける血清Naの推移を示す。開始時の値が若干異なる症例もあるが、それらの変化の傾きには差がなく、各症例ともHD及びHDFでのNaの変化はほぼ差がない結果であった。

 

 次のスライドにHDとHDFにおける血漿浸透圧の変化を示す。Naと同様、開始時の値が若干異なる症例もあるが、それらの変化の傾きには差がなく、各症例ともHD及びHDFでの浸透圧の変化はほぼ差がない結果であった。


 次のスライドにHDとHDFでのHtの変化を示す。全例、HDよりもHDFの方がHtの上昇が軽度であった。症例4で3時間目に食摂のために坐位になった直後からHtが上昇し始めるという現象が確認された。

 


 次のスライドにalbuminの変化を示す。Htの動態と類似しており、HDよりもHDFでのalbuminの上昇が軽度であった。

 

 次のスライドは今回臨床使用したCL-PS15NのHDとHDFにおける各小分子量物質と各低分子蛋白の減少率を比較したものである。各小分子量物質はHDとHDFで差が認められないが、各低分子蛋白では何れもHDFでの減少率が大であった。

 

 次のスライドに各症例のHDとHDFにおける呼気時下大静脈径の変化を示す。全例においてHDよりもHDFで、呼気時下大静脈径の低下が緩徐であった。


 次のスライドに収縮期血圧、拡張期血圧、及び脈拍数の変化を示す。今回の検討では循環動態が比較的安定した症例を選択したため、HD、HDFの何れも特記すべき変化は認めなかった。しかし症例4において、図3でのHtの変化と合致するように、3時間経過時に脈拍数が増加する現象が認められた。

 

 次のスライドにHDとHDFにおけるカテコラミンの変化を示す。各症例、HD、HDFとも一定の方向性を見い出すことは出来なかった。ただ症例1でHD施行時1時間以降のアドレナリンが、HDF施行時と比較し上昇傾向が強い事と、症例4でHDとHDFの何れも3時間後にノルアドレナリンが上昇傾向を認める結果であった。これはHt、脈拍数の変化と合致する結果であった。

 

【考察】

 現在まで、coventional HDFをはじめ、on-line HDF、push and pull HDFなどconvectionを利用した血液浄化法の有用性が数多く報告され、骨関節痛やイライラ感などへの効果が認められている。さらにそれらの中でHD施行時よりもHDFでの循環動態が安定するという症例を認める点が興味深く、実際我々もHDFを施行した全ての症例ではないが、循環動態がHD時よりも安定するという症例を経験している。しかしこれらの機序については明らかにされていない。そこでHDとHDFで一体何が異なるのか検討した。今回の検討により、HDとHDFにおいて血清Na、血漿浸透圧の変化はほぼ差がない結果であることから、置換液自体はほとんど影響していないと考えられる。一方、異なる点は@HDFでの低分子蛋白の除去効率が高いこと、AHt・albuminの濃縮及び、呼気時下大静脈径の減少の程度がHDFの方が緩徐であったという3点であった。

 このA、Bの結果を推測すると、ほぼ同じ除水量(単位時間当たりの体液の減少量が同じ)であるにもかかわらずHDFの方が血管内volumeが維持されるということは、plasma refillingが良好であるというように考えられる。しかし膠質浸透圧の代表格であるalbuminは、HDでの濃縮の程度が大であること、さらに膠質浸透圧の一部であると考えられる各低分子蛋白の除去特性はHDFの方が高いことを考えると、むしろHDの方が有利であり、膠質浸透圧で循環動態が安定する機序を説明することは出来ない。

 今回使用した透析膜は、生体適合性が良好とされるポリスルフォン膜を用いたが、膜の違いによってもこれらの動態は微妙に異なる可能性も考えられる。しかし、何れにしても流血中の単球が、透析膜や血液回路などの異物と接触したり、透析液中のエンドトキシンにより刺激されることにより、IL-1、IL-6などのサイトカインという強力な生理活性物質が放出され、引いては血管拡張性に作用するプロスタグランディンや一酸化窒素(NO)の産生を引き起こすことにより血管が拡張するといういわゆる”サイトカイン仮説”で説明される反応が惹起されている可能性は高いものと思われる。

 HDFでは濾過を大きくすることにより、透析液中のエンドトキシンの逆流入が減少する。またサイトカインの分子量は数万ダルトンなのでHDよりもHDFの方が効率よく除去される可能性が考えられる。両者の機序が働いた結果としてHDFでのサイトカインネットワークの活性化が少なくなり、血圧低下の頻度が低下しているということも考えられる。さらにサイトカインが放出されることにより、全身の血管の透過性が亢進し、HDでは血管内から組織間へ水の移動が起こり、HDFではその反応が少ないために血管内volumeが維持され、plasma refillingが良好であるように見えていることも考えられる。

 現在までのこれらの報告が一定の方向性を示さない原因は、症例によってサイトカインネットワークの感受性と反応性に違いがあるためと思われる。
 今回の検討の中で血液浄化施行中、食摂のため坐位になって間もなくHtが急激に濃縮するという現象を確認した。この現象の機序を考えると一つは、胃液は一回の食事で約500〜700ml分泌される。胃液分泌の相は条件反射または味覚刺激により起こる頭相(cephalic phase)から始まるとされている。したがってもうすぐ食事を食べられるという患者の条件反射により胃液の分泌が開始された結果、有効循環血漿量が減少しHtが濃縮、さらに有効循環血漿量が減少したことにより心肺圧受容体反射が反応し脈拍数、ノルアドレナリンが上昇する結果となった。

 もう一つ考えられることは、血液浄化という生体にとっては大きな負荷となっている状態で、循環動態を何とかぎりぎりの線で維持しているところに、坐位になるというストレスが加わったことにより、交感神経が刺激され脾臓が収縮し大量の赤血球が体循環血へ押し出され、Htが濃縮する結果となった。これら二つの現象が関係しているのではないかと考えられた。
 カテコラミンの動態については、当初、その分子量は数100daltonであるのでHDよりもHDFでの除去量が多くなり、反応性にカテコラミンが産生される結果、循環動態が安定するのではという考えで測定したが、今回の検討では一定の方向性を見い出すことは出来なかった。
 今回の検討では実際にサイトカインを測定せずにこのような考察を展開することに対して恐縮するが、今回得られたデータからあくまでも個人的な意見を交えて考察した。今後、サイトカインの検査上の再現性が高められ、またその生理的意義がもう少し解明された時点で、サイトカインの動態を含めた考察を展開したいと考える。

 

【結語】
1. HDとHDFにおいて、何が異なるかを観察し、循環動態を中心に検討した。
2. HDとHDFにおいて、浸透圧とNaの推移に大きな差を認めなかった。
3. HDよりもHDFの方がβ2-MG、myoglobin、prolactinなどの低分子蛋白の除去量が大であった。
4. Ht、albuminの濃縮の程度はHDFの方が緩徐であった。
5. 呼気時下大静脈径減少の程度もHDFの方が緩徐であった。
6. HDとHDFにおいて、カテコラミン動態は方向性を見い出すことは出来なかった。
7. 今回の結果からHDFで循環動態が安定する機序を説明するには、サイトカイン仮説を引用せざるを得ないと考えられた。

日本透析医学会学発表

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