抗凝固剤の持続注入上の問題点

【目的】
 血液浄化法施行中の凝血トラブルを引き起こす原因としては、症例の病態が原因によるもの、例えば感染症、炎症などによる凝固系亢進状態、また経験的には出血性病変発症後、手術直後などでも認められる。一方、これとは別に抗凝固剤の持続注入上の問題点が原因となる場合があり、今回はこの問題点を細かく検討致した。


          

             
【方法】

 透析コンソール付属のシリンジポンプ(ダブル)において、その一方を血液回路へ、そしてもう一方を最低測定感度0,01gの電子天秤へ接続、その電子天秤をパーソナルコンピューターへ接続しその注入特性を測定した。

 測定項目は、

1、シリンジ内筒がスライダーへ適正に装着されている状態と緩く装着されている状態 での注入特性の比較。

2、注入部位が血液ポンプの前と後での注入特性。
3、脱血不良時における注入特性への影響。
4、透析コンソールのシリンジポンプのスライダーの構造の違いに よる注入特性の比較。

 測定条件は、in vivoにおいて、注入速度 3.0 ml/hr、血流量150ml/min、シャント flow が良好な症例を選択した。



 下のスライドに、シリンジポンプの構造を示す。どこのメーカーのシリンジポンプもシリンジ内筒末端とスライダーの部分に必ず”すき間”がある。これは最新型の装置でも同様である。すき間対策としてバネを装着したり、スペーサーを貼り付けているものもあるが、完全なものはない。



 下のスライドに、血液ポンプ前後の注入部の圧力の違いを示す。AVF翼状針(18G)を用い、表在化動脈から脱血した場合の血液ポンプ前と後の注入部回路内圧を測定したところ、血流量が200ml/minでは、ポンプ前でマイナス100mmHg、ポンプ後でプラス170mmHgと大きな圧力の違いが認められた。したがって、ポンプ前注入では常にマイナスの圧がかかっており、シリンジの押し子はスライドのスライダーの水色の矢印の方向へ引っ張られながら注入されるという状態になる。一方、ポンプ後注入では、常に陽圧がかかっているので、スライドのスライダーの黄色の矢印の方向へ押された状態で注入されることが確認された。

 

 下のスライドは、シリンジ内筒末端とスライダーを十分に注意して、すき間が無いように適正に装着されている場合の注入特性を示す。ポンプ前注入も後注入も注入開始時より3から4分のtime lagが生じた後、注入されはじめるが、血液ポンプ後注入の方が注入特性の直線性は良好であった。


 次に下のスライドは、シリンジ内筒末端とスライダーにすき間がある状態での注入特性を示す。シリンジ内筒末端部とスライダー部共にすき間は故意に最大となる(最悪の状態)ようにセッティングした場合である。スライダーのすき間の小さいもので血液ポンプ前注入で約8分のtime lagを生じた後より緩やかな曲線を描き注入され始め、血液ポンプ後注入では約8分のtime lag後ほぼ直線的に注入されていた。

 一方、スライダーのすき間の大きいものでは、time lagが約20分にも達した後、すき間の小さいものとほぼ同じ注入特性を示した。



 下のスライドは、脱血不良が発生した場合の注入特性を示す。血液ポンプ前注入も後注入も脱血不良を起こした直後に強い陰圧が発生し、両者とも0,5ml程瞬時に引き込まれる現象が認められた。その後血液ポンプ前注入ではシリンジ内筒末端とスライダーのすき間が発生し、注入が再開されるまでのtime lagが約15分、ポンプ後注入で約10分とポンプ前注入の方がポンプ後注入よりもtime lagが大であった。


 さらに詳しく説明すると、下のスライドのように血液浄化療法中に脱血不良が発生するとシリンジ内は陰圧となり内筒が引かれると同時にスライダーも強く引かれる。この時、内筒末端は引っ張られ、内筒末端とスライダーとの間にすき間ができる。脱血不良が解除されると内筒が戻り血液が逆流する。内筒末端はスライダーに当たるまでは押されないことになる。スライダーが内筒末端に当たり、トルクが伝わるまでは注入されない。さらにシリンジに逆流した血液がライン内にあるため、その血液がラインからフラッシュされるまで抗凝固剤は体内へ全く注入されないことになり、実質35分間何も注入されない状況となり、回路内凝血をきたすリスクが大きくなる。


【考察】 

 ヘパリンは半減期が約1時間であり、通常はワンショット分が注入されるため、持続注入開始時間に少々のtime lag が生じても、臨床的に問題になることは少ないと思われる。しかし凝固系亢進を認める症例ではヘパリンであってもその time lag が問題となることが考えらる。    

 また0.8 〜 1.0 ml / hr 程度の低速微量注入では、脱血不良発生時に血液が注入ライン内へ逆流し、(ライン充填量は約0.8〜1.0ml )その血液が完全に注入ラインからフラッシュされるまでの約1時間にわたり血中には注入されない状態となり凝血トラブルへつながる危険性が大きくなる。

 Nafamostat mesilate (以下フサン)は半減期が約7分と短いため血液浄化開始直後の凝固系が最も活性化されている時期に注入されないことで凝固系の亢進を抑制できず、これが引き金となって大量の残血、あるいは凝血をきたし血液浄化法の続行が困難となる、さらには重大な血栓症を引き起こす引き金となってしまう可能性が考えられる。



 経験としてフサンを使用した血液透析で血液回路及びダイアライザーの凝血が発生し、度々透析を中断せざるを得なかった症例に対し以上のような持続注入上の問題点を考慮し、注意深く透析を行った結果、フサン投与量が同量でもその後は凝血トラブルが認められなかったことから、注意深く抗凝固法を行うことにより、解決するトラブルも少なからず あるのではないかと考えます。

下のスライドに良好な注入特性を得るポイントを挙げる。良好な注入特性を得るには、

適正にシリンジのセッティングを行う。
   シリンジ内筒末端とスライダーにすき間がない状態でセットする。 
   シリンジ外筒ホルダー部のあそびにも留意する。
抗凝固剤の希釈倍率を大きくして、単位時間当たりの注入量を多くする。
   注入速度を増加させると time lag が少なくなる。
   注入特性の直線性が良くなる。
初回量注入時はシリンジポンプの早送り機能を使う。
  (ギアにトルクがかかった状態になるので注入特性の立ち上がりが良くなる )

ポンプ前よりもポンプ後からの注入の方が直線性が良い結果であった。
  (注入部位の圧力の違いによる )
Blood accessの状態で注入特性が大きな影響をうけている。
   十分な血流量が得られている場合と脱血不良気味では注入特性が異なる。
   特に脱血不良発生後の処理に留意する必要がある。


 またシリンジセッティング上のポイントは、抗凝固剤注入ライン内は抗凝固剤で満たす(エアーが残っている状態や、ただの生食で満たされている状態では正確な注入特性が得られない)。

 シリンジ内筒の末端とシリンジポンプスライダーにすき間がないようにセッティングする。

 シリンジ外筒ホルダー部のすき間が大きい機種があるので注入方向にシリンジ外筒ホルダーをしっかりと寄せてセッティングする。



 下のスライドに肉眼的残血が全く認められない症例におけるTAT及びPICの推移を示す。ヘパリンを使用した血液透析において、ダイアイザー、血液回路内に、肉眼的残血が全く認められない症例に対し、凝固系活性の鋭敏なマーカーであるトロンビン・アンチトロンビン。複合体(TAT)と線溶系活性マーカーであるプラスミン・α2プラスミンインヒビター複合体(PIC)の経時的変化をみたところ、6例中2例においてTAT、PICともに上昇傾向が大きい症例が認められ、肉眼的所見だけで抗凝固法を評価することはできないということ、また両者ともほぼ変動しない症例もあることから、適切な抗凝固を行えばこれらの鋭敏なマーカーをも動かさない血液浄化が可能であることを示唆するものと考える。


【結語】

1. 抗凝固剤持続注入上の問題点を検討した。
2.シリンジを適切にセッティングしなければ、持続注入開始時に3.0ml/hrの注入速度で最大で20分間ものtime lagが生じることが確認された。
3.血液浄化法施行中に脱血不良が発生した場合、最大で35分間にわたり抗凝固剤が血中へ注入されない現象が認められ、特にフサンによる血液浄化では、わずかなtimelagであっても問題であり、これらの現象が原因となり凝血を引き起こす可能性が考えられる。
4.肉眼的所見で全く残血が認められない場合でも、TAT 及び PICの変動が大きい症例が認められ、抗凝固法の評価を厳密に行うにはこれらのパラメーターも考慮すべきであり、以上のような持続注入上の問題点を考慮した上で、注意深く観察し、抗凝固法を行う必要があると考えられた。

 これらシリンジポンプの注入特性は、抗凝固剤に限らず、一般に使用されるシリンジポンプで、カテコラミンなどの薬剤を注入する場合においても十分に考慮すべき点である。


地方透析療法学会、地方透析談話会で発表

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